山中 関ト(1715〜1769)
俳人。庄屋。宇摩郡入野村(現土居町)出身。本名
は与一右衛門貞興。山中錦鳥の夫、時風の父。松木淡々
門の大圭・羅人に俳譜を学び、呉天奉納の『弐百歌仙
表合』をはじめ、種々の歌仙類にも加わった。淡々か
ら俳諧の「秘記」など伝授され、古典にも親しんだ。
京・大坂の俳人や伊予の俳人たちが、次々に関トの家
を訪ねては親交をもっている。また、時風とともに芭蕉と淡々の塚を建立したり、入野を万葉棄の歌枕として顕彰に努めたりした。

略歴
正徳5(1715)年    宇摩郡入野村に生まれる。
元文3(1738)年    子の時風生まれる。
寛保3(1743)年 5月呉天願主『弐百歌仙表合』刊行。聞トの句が収められる。
延享4(1747)年10月 一志編『素羅宴』(『伊予の高根』)刊行。関トの句同上。
延享5(1748)年 3月 独吟『一日百句十百韻』刊行。淡々の選評を受ける。
寛延3(1750)年    風状編『よよし簾』刊行。関トの句が収められている。
寛延4(1751)年    合田由良雄編『百歌仙合』刊行。関トの句が収められる。
宝暦3(1753)年    淡々80歳の賀に句を詠む。
宝暦12(1762)年11月2日 入野の医王寺境内に淡々と芭蕉の句碑を建立。
明和 6(1769)年9月19日  55歳で永眠。
〈関連図書〉
・星加宗一『入野の俳人 関トとその子時持風』 1960年
・星加宗一『愛媛文化双書23 伊予の俳諧』  愛媛文化双書刊行会 1975年
・愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 文学』   愛媛県 1984年
(俳書『写 歌仙』:土居町教育委員会蔵)